コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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斉藤和義 『君は僕のなにを好きになったんだろう』
君は僕のなにを 好きになったんだろう
言ってみてくれないかな
どんなことでもいいから








これも一倉さんの作詞なんですね。
やっぱり斉藤和義のものとは、ちょっと違う。
だけど斉藤和義の曲には、ちゃんとなってる。
不思議なものです。

この曲はタイトルそのものがサビであり、オチになっている。

君は僕のなにを好きになったんだろう

…うーん。なんとも。

「俺のどこが好き?」そんなことを聞いてしまう男はどこか情けない。
「私のどこが好き?」そんなこといつも聞いてくる女はどこかうざい。

でも、こう聞きたくなる気持ちはわからないでもない。
本当に好きで、相手の気持ちに不安があるときか、
本当に好きかどうか、自分の気持ちに不安があるときか。
この歌の場合は、後者であるような気がしなくもない。

人を好きになるときに、部分的にどこそこが好きだと言えるものではない。
言ったとしても、それは後付けだったりもする。
なにそれと、条件をつけられるものは本物の愛ではないのである。

モンテーニュの有名な言葉がある。

もしも人から、なぜ彼を愛したのかと問いつめられたら
「それは彼であったから、それは私であったから」
と答える以外には、何とも言えないように思う。


…ちなみにモンテーニュは男で、これは友情について語ったものではあるけれど、愛情についても、もちろん当てはまる。
あれ、これ、と言い当てることが出来ない全人格的なものこそ、人を愛する理由。
僕が僕であり、君が君である。それが僕が君を好きな理由なのです。

それでも、
君は僕のなにを好きになったんだろう
と思ってしまう気持ちはわかる。

言ってみてくれないかな どんなことでもいいから
と聞きたくなる気持ちもわかる。

言ってみてくれないか たとえ嘘でもいいから
これはやりすぎか、と思いつつもわかる。
不安や戸惑いがそこにあるのだね。



それにしてもさすがはコピーライター。

疑いたくなるくらい まっすぐに僕を見つめる
君のその瞳から 涙こぼれた


こうした言い回しにも、コトバを感じます。


後悔したくないなら
まだ引き返すことも出来るのに
また唇かさねる夜に


こうした思い出に、記憶が疼きます。

もし聞けるのなら、聞いてみたい。
君は僕のなにを好きになったんだろう?











Comment
≪この記事へのコメント≫
相手の気持ちに不安があるときか、
自分の気持ちに不安があるときか。
はたまた、その両方だったり・・

『君は僕のなにを好きになったんだろう』
誰もが気になるその答え。聞きたいけど
なかなか聞けるものじゃありません。

僕が僕であり、君が君である。
それが僕が君を好きな理由

まさにその一言に尽きますね。





2008/06/10(火) 18:22:52 | URL | がんも #Lk84Cx12[ 編集]
ありがとうございます。

いろいろ思いつく理由は、たいてい後付けであったりします。

最初は直感 

で、それ以上でも以下でもほんとはないのかなと、つくづく思う次第です。

2008/06/23(月) 17:41:42 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
素敵な文章ですね!!
この曲大好きなんですが「あぁホントにそうだなあ」としみじみと読ませていただきました。ありがとうございます
2008/07/07(月) 17:11:43 | URL | リコ #-[ 編集]
コメント
ありがとうございます。

この曲、タイトルを眺めるたびに、
どこなんだろうなぁ…
といろいろ考えたりしてしまいます。

逆に、自分もどこを好きになったんだろうなぁ…と考えたりもしています。

2008/07/08(火) 17:35:53 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
はじめまして、なつめと申します。
実は昨年末あたりから、勝手に読ませていただいてました。(斉藤和義中心にw)
15周年のベストでかぶれた俄かファンですが、歌詞の中の『ただ聞き流せない確信を突いたコトバ』に深読みの毎日です。

「君は僕の何を好きになったのだろう」

私にはこの“僕”は、今ここにある恋愛に不安を感じているというよりは、自分自身に全く自信が無い男のように思えます。

「こんな僕に何故・・・?」

彼女がいくら“僕”の良さを並べてもきっと「買い被りだよ。そんなに出来た人間じゃない」と言ってしまう。
そんなあまりに自分を卑下する“僕”を前に、彼女は涙したのでは・・・?
昔、相手を傷つけた過去もあったのかもしれない。

「こんな自分でもいいの?」

彼女が好きになってくれた理由でちょっとずつ自分に自信をつけたいのと、少しずつ自分を曝け出していって「まだ大丈夫?これでも好き?」と探り探りしか進めない苛立ち。


斉藤さんもこの歌詞を読んだときに「男のグチみたい」って仰ってました。




なんか、初めてなのにえらい語ってしまってすいません。




2009/03/16(月) 21:04:57 | URL | なつめ #6vQD1rsI[ 編集]
量れない価値
(※上記コメントを管理者閲覧にしていたようです。すみません。)

興味深いですね。
「君は僕の何を好きになったのだろう?」
そのような問いが仮にあったとするならば
解なし、貴見の通り、理屈を超えたもの…でしょうね。

相性が合った、それだけでは?

説明のつかないことではありますが
拙いながら私なりの見解を少し述べさせて頂きます。

「蒼氓」や「キセキ」の記事であなたが書かれていたコトバをこちらで
趣旨、内容は全く異なる形で引用いたします。(※ご了承願います。)

おそらく…

『存在論』的に(相手方を)好きになるということではないかと思うのです。
それこそ極めて個人的と言えますし、思い込みでしょうし、主観に基づくものでしょう。

つまりは自分が許容している範囲(キャパシティ)に相手方が含まれているわけで、
もっと言ってしまえば無意識的にせよ他の方にはない、その方だけが内在している
価値を感じ取っているとも言えます。
 
まさにこれくらいしか言いようがないのですよね…

補足となりますが
これは恋愛に限らず人間関係全般の話ではありますが
老若男女問わず人間だれしも
出会えた事の奇跡
何度も体験しているのではないでしょうか。
「奇跡」とまで言い切ってしまうと恥ずかしくもありますが
またその後、どのような発展や結末が見込まれるかはわかりませんけれど…ね。

ともあれ素敵なめぐり合わせが人生を豊かにすることは間違いないわけで
私も人との出会いを大切にしてゆきたいものです。


2009/03/21(土) 14:32:21 | URL | 行人 #-[ 編集]
なるほど
→なつめさん

コメントありがとうございます…した!
すみません。すっかり返信できずにいて。
諸事情により、このブログから遠ざかっていましたが、戻ってきました。。。
コメント興味深く読ませていただきました。

どこかで言ったか…どうか定かではありませんが、人を思う気持ちの原点には「自己愛」があると思います。
人に好きだと言われても、自分自身が好きではないとしたら…とまどってしまいますよね。
なんで?自分では好きじゃないのに、と。
でも、おっしゃるように、好きだと言われることで、少しずつでも自分に自信をもてたり、自分を好きになっていけるような気もします。そこにはリアリティがあります。
自分の経験も照らし合わせて、なるほど…と思いました。
逆に言えば、自分を好きになれなければ、人を好きになれない。これはホントですね。
これも実体験から、そう思います。


→行人さん

…不在中にコメントにコメントをしていただき恐縮です。
なかなか…また深いお話をしていただきましたが、他の人では替えがきかない特別ななにかを、特別な人に感じるという話には共感しました(…こんな理解であってますかね?)
その「特別感」なるものは、えてして直感的なもので、説明できないものだったり、説明しても後付のような印象になったりしますが、そういう曖昧でも決定的な(と思い込めてしまう)特別感は、どうしても感じてしまうものです。
…特にボクの経験では。
…ほとんどが、そうですね。
出合って一目で、決まっているような気もします。

はい。


2009/03/25(水) 15:02:56 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
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