コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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斉藤和義 『ある日の出来事』
日は昇り 沈み ある日の出来事になる

いとおしいあの頃も ある日の出来事になる

すべては ある日の出来事になる

あなたも いつかは思い出になる





これは2ndアルバムに入っている、とても古い曲。
だけど僕が知ったのは、本当につい最近で、そういう意味では最新曲。
…きっとあまり知っている人も少ないこの曲は、やっぱり楽譜もなくて、それでもとてもいい曲だったのでコードをひろってみたり、それで歌ってみたり、してます。


出だし。

大切な人は 突然に現れて
手を触れるだけで まるで世界のはじまり


…こういう言葉に反応してしまうのは、こういう体験がまさにあるから。・・だろうけど、「突然」にとまどいながらも、確かな感情が生まれていく様を、短い言葉で巧みに表現している。

そして曲の後半。

さよなら聞こえない 遠くて聞こえないよ
涙をこぼしたら まるで世界が終わるようで



出会い=世界のはじまり/さよなら=世界の終わり。
…これほどまでに強い思い入れは、大切さや大きさを示すと同時に、視野の狭まりも表している。
あまりに強い恋愛感情は、その強さゆえに恋愛そのものを短命たらしめることがある。
皮肉なことに。悲しいことに。でも現実として。

あるいは、短く終わることがはじめからわかっているから、これほどまでに強い想いを抱くのかもしれない。未来が見えないからこそ、今、共にいることに集中し、執着するのかも。
それは言いすぎだとしても、それに近い何かは、あるような気もする。


そして取り上げた言葉について。


すべては ある日の出来事になる


これは達観…と言っても言い過ぎではない。
諦念…な匂いもしなくはない。

現在の出来事を、未来の視点から振り返って眺める。
それはそうした過去をいくつも持っている経験からきている。
うれしいことも、悲しいことも、大切な思い出も、ささいな日常も、過ぎ去ってしまえばすべて同じく過去になると、極端に言ってしまえば、そういうことにもなる。
だからどんなに悲しいことにも、人は耐えられるのだとも。

ただ、とここに逆説を読み取ることはできやしないか。

「すべては ある日の出来事になる」というとき、そこにあるのは現在の辛さを直視できないという思いなのではないかと。
うまくいかない現実から目を背けてしまいたい、それほどまでに強い思いを読み取ることもできる。
だから、一歩引いて俯瞰から眺めているようなこの姿勢は、現実から一歩引いている…或いは逃げている…とも言えるのかもしれない。

そんな気がしました。


…それにしても、思いがけない出会いは、本当に突然に起こるものです。
「喉元すぎれば…」というように、どんなに辛い出来事もいつか振り返ってみれば、そういうこともあったな、と消化できるのかもしれないけれど、そのときはその熱さでいっぱいいっぱいなわけで。

すべてはある日の出来事になる…それが人生だとしても、否、だとするならば、その出来事をかけがえのないものとして、僕は振り返りたい。
そんな風に思うのです。











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