コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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おおはた雄一 『おだやかな暮らし』
欲しいものは おだやかな暮らし
あたりまえの 太い根をはやし
好きな人の てのひらが すぐそこにある
そんな毎日


うた:クラムボン




特別な人の、あたりまえがほしい。
特別な日に一緒にいるよりも、なんでもない日に一緒にいる方が、
ちょっと特別な気がする。
そんな日常であったり、あたりまえであったり、ふと見過ごしてしまいがちな価値に、この歌は視点をおいている。

語り口も、特に温度を上げることもなく、淡々としている。
自問自答するような、話しかけるような、そんな日常の言葉遣いで。

…ただ一節だけ。引っ掛かる、というか気になる箇所があって、それが

あたりまえの 太い根をはやし

という表現。ここだけ、言葉に表現が入っていたりする。
そして、そんなにスムーズに入ってこなかったりするから、気になるのだ。

つまりは、「“あたりまえ”というものの“太い根”をはやす」ということであるが、
“あたりまえ”を名詞的に使って、しかも
“太い根をはやす”という比喩を重ねて用いているから、
不思議な印象として響くのだ。

意味を補足しながら翻訳すれば、
「あたりまえのようにすごす日常を、確かなものとして積み重ねていく」
とでもなろうか。
…うまく言えてないけれど。

つまりは、
欲しいものは おだやかな暮らし。
その“おだやかな暮らし”の中身として、“あたりまえの太い根をはやすこと”があるわけなんだろうけど、そのあとに続く、

好きな人の てのひらがすぐそこにある そんな毎日

がストレートで、わかりやすく、いい言葉である分だけ、
“太い根~”に異質感を感じてしまうのです。

逆に言えば、“太い根~”があるから、“好きな人の~”が、素直に響く。
のかもしれませんけど。








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