コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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コブクロ 『蕾』
いつかこんな日が来ることも 
きっと きっと きっと わかってたはずなのに





『ここにしか咲かない花』

『桜』

そして

『蕾』

コブクロの曲、しかも代表曲には、どうしてここまでに花をモチーフにしたものが多いのか。
それは…謎である。はっきり言って。

ただ作詞を担当する小渕は、生まれた場所に根付いて動かず、開花するまでは蕾として耐え忍び、そして咲いた後は儚く散りゆく「花」という存在に、自分たちの姿との親近感を感じてはいるのだろう。
誰も見ることのない花は、果たして存在していると言えるのか?
というのは、哲学の一つのテーマではあるが、デビューまでストリートライブで活動していたコブクロというミュージシャンの在り方の何かを表しているような気がしてならない。

さておき、この『蕾』であるが、昨年末には何度もテレビで見たものだ。
そしてその度に、新鮮な感動を覚えたものだ。
きっと5年後に聴いたとしても同じような印象を覚えるであろう。色褪せることのない確かな予感がある。

レコード大賞を受賞したときの紹介にもあったが、この曲は小渕の亡くなった母親のことを想って生まれたものである。
だから冒頭の歌詞、わかっていたはずの「いつかこんな日」とは、母とのお別れの日のこと。
それは自分にも、そして老いていく母親を持つ者なら誰にでも、胸に響く言葉である。
きっとその日が来るまでわかりえない。
だけどその日が来たなら、きっとわかっていたはずなのに、とうろたえる。
そんな日のこと歌ったものだ。


散り際に もう一度 開く花びらは あなたのように 
聞こえない 頑張れを 握った両手に 何度もくれた



この歌詞を聴いたとき、ふいに病室の中で、両手で母の手を握りしめながら最後のときを待つ小渕の姿が浮かんだ。
きっと「頑張れ」と聞こえるように声にしていたのは小渕であったはずなのに、逆に無言で握り返すことで確かに伝わってきた母からの「頑張れ」のメッセージ。
……或いはその病室にあったのは未来の自分の姿であったのかもしれない。
なぜなら、ベッドに横たわる母の顔は、どことなく自分の母親のそれと似ているような気もしたからだ。






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