コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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スガシカオ 『夜空ノムコウ』
君が何か伝えようと
にぎり返したその手は
ぼくの心のやらかい場所を
今でもまだしめつける





映像はスガシカオとyuiのデュオです。
個性的な声の競演。
スガシカオは倍音がなっているというのか、一つの声が幾重にも響く。
yuiは声変わりする寸前の少年が、成長にあがらうような姿を思い浮かばせる。
音楽的才能には声質も加味されるものなんですね。

さておき、この有名曲。
スガシカオ/夜空ノムコウ

カタカナの可能性を、このタイトルからして感じるわけです。
ただのコトバが変質した響きになる。耳ではなく目に響くコトバですけど。
これ以降、こうしたカナブーム的なものが(自分の目に触れる範囲ではありますけど)増えた気もする。とてもコピー的ではある。

そしてこの有名な歌詞。
この、そう多くはない描写の中で、伝わってくるたしかなものが胸をしめつける。
日本語の表現としても、ただもう秀逸。
難しいコトバを一切使わずに、これだけ少ないコトバで、、ここまで表現しているというのは、相当な言力(そんな言葉はないですがあるとして)がある。
「やらかい」という柔らかい舌足らずの言い回しも、ホントに怖いくらいはまってる。
…んんん。さりげない歌詞ではありますが、けっこう響くコトバでした。



SMAPバージョンも。若いですね。








Comment
≪この記事へのコメント≫
想い
いかがお過ごしでしょうか。
いつかのスガシカオのライブ版を観ていました。
「あれから… …」と一呼吸…二呼吸もおいて繰り出されるコトバに
この“あれ”の指示代名詞のさす言葉が、ただただ懐かしいわけでもなかったのですが
誰にとっても感慨をもちながら、
「ああ、もうこの曲も既に10年以上経つのか」というような
ヒットされる前から、すでにこの曲は過去を回帰させることを予感させる
いかに抒情性のある歌詞であった事実を再確認し…聴き入ってしまいました。
もし90年代を通してトータルで「一番印象に残る一曲のアンケート」
なんてものを取ったとするならば、かなりの確率で
1位にランクインされるものでしょう。
これは、曲の良し悪しということよりも
曲を提供されたSMAPという国民的アイドルのミリオンセラーであり
すでに永遠のスタンダードナンバーとしての地位が確保されて
いることにもよりますが
私からすると
作詞/スガシカオ 作曲/川村結花
両名ともに出世作でありながら、後世にその名が残るのだろう
これは結構重要なことなんではないだろうか。
そんなことを思いました。(少し言いすぎかもしれませんが)
曲を編む者にとってヒットソングをとばし続けることと
やがてはオールディズとなる永遠の一曲を編曲すること
そのどちらが良いのか、そんなことも考えつつ。


「書いてしまえば書けないことが 書かないうちなら 書かれようとしているのだ」

某詩人の言葉で私の好きなコトバでもあるのですが、
ふと、そんなことを思いました。

いつかは消えてなくなる命でも、本当によいものであれば
その人の思いは、形を変えて作品となり、心に残るものだ
…少し、センチになりすぎましたね。

ご存じかと思われますが、スガシカオさんて本名なんですよね。
きっと幼い頃より本名に対し、カタカナを言語感覚の一部のように多用されていて
かつ表記として鋭敏にずっと親しみを覚えていたのだろうことを窺わせます。
2009/08/29(土) 20:55:43 | URL | 行人 #23d/zxvE[ 編集]
普遍/不変
普遍性を、不変性という漢字だと間違えている時期がありましたが、
あながち間違いでもなかったかと、思い返すこともあります。

たとえば、80年代の映像を見たりすると、
そのファッションやメイクで、目も当てられないような気分にもなったりしますが、
その時代の音楽を聞いても、耳をふさぎたいような気分にはならない。
…中にはそういう音楽もありますが、そういう音楽はやはり今において、耳にする機会は少なく、本当にいいものだけが、やはり今でも残っていたりします。

時代を越えて愛される曲には、やはり普遍性があって、その価値には不変性がある。

最近の曲…といって、ひとまとめにする気はないですが、何だかサビがあって、そのリフでAメロとかはラップで歌って…というパターンの曲が多すぎて辟易しています。

誰が誰だかわからない、というのもあるし、安易に曲が生まれている(作りやすいから)という印象もあります。

…そういうこと言うとオジサンな気分にもなりますが…そういう気分で正直います。

本当は、このテーマで、もっともっと語りたいことはあるのですが、どこまで長くなるのか自分でも予想がつかないので、このへんで。

ただ有限の人生で生んだ芸術作品が、永遠の価値を得るということに、純粋な憧れを禁じえません。

そうした価値を、一番に認めている自分がいます。

替えがきかない、その人でしか生み出せない、だからこそその人が生まれた価値がそこに生まれる。

そんな気がしています。

…うまく言えてはいませんが。
2009/09/25(金) 13:35:10 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
雑感
同意を求めてしまうような内容でなんとも申し訳ありません。。。
ただこれはお聞きしたいことでもありましたし
少しその布石のような意味合いで記述しました。

90年代とこの10年間を振り返って圧倒的に違う事のひとつに
音楽の消費のされ方があります。
(音楽事情に明るいKikuさんに改めて説明する必要はないと思いますが)
CDの売上枚数は90年代後半を境にどのジャンルも軒並み減少傾向にあるのでしょうし、
そこにはネット配信、音楽ダウンロードの影響もあります。
少しでもセールスを伸ばすために
数他のアーティストがベスト盤やカバーアルバムを出して補う傾向って
今に始まったことではありませんが、それとともに私たちが音楽を聴く姿勢も
大きく変わって参りました。
「夜空~」に限ったことではないかもしれませんが、なんとなくそうした転換期に
敢えてカウンター的に(シングルでもセールスが取れることを実証させるかのように)
正統派の一曲を出したという気がしないのでもなかったのでした。

それともう1点
これは前回のコメントで記述しているうちに思い出したのですが、
ビートルズの「YESTERDAY」について

今ではスタンダードナンバーとなっているこの曲も
リリースされた当初、ファンの間では一部
「こんなのビートルズの音楽じゃない」との痛烈な評価もあったようです。
もちろん、それはよい曲であってもという前提があってのことなのでしょうが…。

当時のライブ映像なんかを観ましても
「I saw her standing there」なんて歌った後にいきなり
ポールが前面に出てきてクラシカルなバラードを歌いだすイメージがあったりで
ちょっと意表を突かれた感があったのかなとも思ったのでした。

2009/09/26(土) 09:24:38 | URL | 行人 #23d/zxvE[ 編集]
なるほど
お返事が遅れまして、失礼しました。
前回、書こうとしたものの、なんと書いたらよいのか
うまくまとまらなかったので、
後日後日にしてしまい…今日に至りました。
すみません。。

音楽の消費のされ方については、確かにそうですね。
これほど多岐に渡ると、逆にそれまでよくも一本化されていたものだと、思うほどです。
消費だけでなく、音楽が入ってくるルートも多様化しているように思います。
それだけメディアが多様化していることのあらわれだとは思うのですが、特にWEBを使えば、音楽も映像も利用者の行動によっていくらでも接触機会があるわけで、だからCDだけのセールスは伸びなかったり、かつてのようなメガヒットは生まれなかったり、するんでしょうな。
広告代理店やテレビ局、新聞各社が困るわけです。

「YESTERDAY」については、初耳でした。
でもそれに近い話で、ボブディランがエレキに持ち替えたときのエピソードを思い出します。
熱狂的なファンであればあるほど許せなかったのか、
エレキのボブディランに罵声を浴びせたと。

ファンが変化についていけなかったと、
後になっては思うのかもしれませんが、
ファンは変化をそもそも求めていないんじゃないか
ともふと思います。

そういうのって、あるような気がします。
2009/10/04(日) 19:15:17 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
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