コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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Cocco 『Raining』
髪がなくて今度は 腕を切ってみた 
切れるだけ切った
温かさを感じた 血にまみれた腕で 
踊っていたんだ

あなたがもういなくて 
そこには何もなくて
太陽まぶしかった

それはとても晴れた日で 泣くことさえできなくて
あまりにも大地は果てしなく 全ては美しく
白い服で遠くから
行列に並べずに 少し歌ってた

今日みたく雨ならきっと泣けてた

それはとても晴れた日で
未来なんて いらないと想ってた
私は無力で コトバを選べずに
帰り道のにおいだけ 優しかった
生きていける そんな気がしていた

教室で誰かが笑ってた 
それはとても晴れた日で







その日は、とても晴れていた。
太陽はまぶしく、すべてが美しく感じられ…だから泣くことができなかった。
そして、その日を振り返っている(この歌詞を書いている)今日は、雨の日で、
その日が今日なら泣くことがができたのに、と想っている。

…タイトルは『Raining』である。

しかし歌詞が描く世界は、主観的には、うんざりするくらい晴れた日の出来事。

なかなか…どうして…どうなんだ。

カミュの『異邦人』

をどうしても思い浮かべてしまう。
アラブ人を射殺した理由を、「それは太陽のせいだ」と主張したムルソーを。

内的な真実に忠実であろうとする純粋さが、客観的な世界と齟齬をきたし、
ついには抹殺される。
そこで死ぬのは、まぎれもない純粋さである。がゆえに、
その純粋さは崇高なまでに永遠の生命を得る。


いずれにせよ、『Raining』/
腕を切った、という客観的事実としての衝撃よりも、
太陽がまぶしくて、だから雨なら泣けたのに、という主観的な主張の衝撃が、
この歌詞の核心であるのです。

Cocco。彼女こそ異邦人なのです。





余談。



このCMの制作に携わったC.W.さんとお話しする機会がありました。
あまりにも彼女の個性が強すぎて、すぐに放映を中止したという伝説のCM。
当初は、ナレーションだけで参加する予定だったそうですが、
その個性からか、彼女自身も登場することになったそうです。
…彼女の異邦人ぷりが、いかんなく発揮されています。






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