コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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ハナレグミ 『People get ready』
僕は一人 右を選び 君も一人 左を行く
今は背を向けた サヨナラも
ひとまわり 触れ合えたら
それだけで それだけで







セリフも何もない日常のいくつかの断片。
ことさらに演出をしないという丁寧な演出が、
まっすぐにリアリティを伝える。

そこに今流れる時間だけでなく、
過去から今に至る時間をも想起させ、
懐かしさにも似た、不思議な感覚で共感してしまう。

玄関に並んだ家族の靴の中で
窮屈そうにしているブーツとか。

さりげない口調で、しかも多くは語らず、
核心だけを絶妙な角度で突くコピーとか。

…とまあ、CMの話はとりあえずこ辺にして。。


もともとこの曲は、1960年代に作られたもので
ジェフ・ベックとロッド・スチュアートによる演奏が有名である。
冒頭の英語の歌詞、それに原文の意味には
キリスト教が色濃く反映されているが、
ここにある歌と歌詞は、
そこから独立したものとして、
それはそれとして
今の日本人の私の心に静かに染みてくる。


今から旅に出よう
荷物は何もいらないさ
夢見た場所が どこかにあるさ
それだけで それだけで


何も考えず、予定も立てず、
ただ旅に出たくなる。
現実からの逃避は、
純粋な夢への旅立ちと
本来は同じ意味ではなかったか。
なかったか。


あの時 僕は君に
どんな言葉を伝えられたら
今頃ふたり この朝日を
見れたろうか 見れたろうか


たぶんどんな言葉を選んでも、
なにかしらの後悔はついてまわったような
そんな気分になる。
後悔の種類が違うだけで、後悔には変わりない、ような。
もしかしたら今頃ふたりして、この朝日を見れたかもしれないが、
明日は、来週は、来年は、見れないような、
そんな気もする。

そして、だから、

僕は一人 右を選び 君も一人 左を行く
今は背を向けた サヨナラも
ひとまわり 触れ合えたら
それだけで それだけで


生き方とは、つまり人生の行き方であって、
違う場所にいても、同じ方向を向いていれば、
つまりは同じ未来へ歩いていける。
逆に同じ場所にいても、違う方向を向いていれば、
離れていかざるを得ないわけで。

離れるならちゃんと離れた方がいい。
振り返るのは優しさではなく弱さ。
振り返ったときに、背を向けられていたら寂しさがつのるだけだし、
目が合ってしまえば、前に進めなくなる。
だから、背を向けたら、前だけを見て歩くだけ。
…ですね。


ひとまわり 触れ合えたら

正直、この言葉の意味がよくわからない。
「ひとまわり=ひととおり」
とか、違和感を感じつつも置き換えたくもなる。

そして…いろいろと思案をめぐらせたけれど
よくわからないことにはかわらないので、
これは…
そのままで。そのままで。

触れ合えた記憶は確かなんだから
それだけでいいじゃないかと、
そういう風に思っています。

そう。
思い出を散々引き摺ったままだとしても、
それでも振り返らないように、ただ歩くのみ。








Comment
≪この記事へのコメント≫
共感しすぎました。

思い出を散々引き摺ったままだとしても、
それでも振り返らないように、ただ歩くのみ。

なんですよね。
2009/08/20(木) 15:59:47 | URL | モサオ #-[ 編集]
ひとまわり(人間的に)大きくなれたらということではないでしょうか。

管理人様が、以前、どちらかの記事に書かれてましたが
「幸福の定義」なんてどこにもないのでしょう。
けれど、そこには間違いなく、親でも妻でも友人でも恋人でもよいですが
自分の信頼する誰かと喜び、広い意味で幸福を分かち合いたいという前提があるはずです。

方向性が違うのは残念なことかもしれません。
ただ
少なくとも、そう思える(思えていた)方がそもそも思い当たらないという状況よりは
何より幸せなことであったと信じたいものです。

お互い気遣えるだけ、ひとまわり…ということのように思えます。


2009/08/21(金) 05:42:34 | URL | 行人 #23d/zxvE[ 編集]
はじめまして
私なりの解釈で、こうであってほしいなぁという理想でもあるのですが、


この時に選ぶ道は何となく円になっていて、右を行く僕と左を行く君が一回りした時どこかでまた少しでも触れ合えれば、今の背を向けたサヨナラものりこえてそれだけで「幸せ」とまでは言えないけれど、「それだけで」という気持ちになるのではないでしょうか。


と言いたいのでは…

なんて。
2009/08/22(土) 02:02:02 | URL | あい #qDfdtOiE[ 編集]
はじめまして
私なりの解釈で、こうであってほしいなぁという理想でもあるのですが、


この時に選ぶ道は何となく円になっていて、右を行く僕と左を行く君が一回りした時どこかでまた少しでも触れ合えれば、今の背を向けたサヨナラものりこえてそれだけで「幸せ」とまでは言えないけれど、「それだけで」という気持ちになるのではないでしょうか。


と言いたいのでは…

なんて。
2009/08/22(土) 02:04:46 | URL | あい #qDfdtOiE[ 編集]
いろいろ
コメントいろいろありがとうございます。
それぞれに、なるほどうなったり、頷いたりしてしまいました。

共感…されてしまいましたか。
ということは逆に私もその共感に共感できるということですよね。わかりあえる気がしてます。


「ひとまわり」の解釈については、まだもやもやとわからないところがありますが、
 ひとまわり成長できたら…
であったり、
 選ぶ道が円になっていて…
という捉え方は
どちらも私にはなかった角度だったので、
とても興味深く感じました。

ただ、そういった解釈を受けて
あらためて思うのは
「それだけで…」に続く言葉は、
「…十分だから」だということ。

そこには過去を決して否定しない潔さと
あるがままを受け入れる達観とが
あるような気がします。

そう…勝手にそんな気がしています。


2009/08/23(日) 00:03:35 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
共感
私も共感してしまいました。
それだけで。

最近CMで耳にした、
福山雅治の「最愛」。
『People get ready』とは違うのですが、
同じようにこの曲も共感してしまいます。
2009/09/02(水) 01:54:27 | URL | mik #.J7qEZlI[ 編集]
響感
響き合う感性

ということで

響感。

この言葉が、いつか流行ったらいいなと

思います。


なんで胸がこんなに苦しくなるんでしょうかね。

別れたら、離れておかないと、

やっぱりよくないな

とやっぱり思います。


触れたらあっという間に氷解するという

意味も根拠もない自信が

いつまでも消えないから。


はぁ…と吐いたため息に、

記憶が含まれていれば

いくらでも吐きますけどね。

そうじゃないから、

はぁ…とため息です。
2009/09/25(金) 13:41:17 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
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