コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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GReeeeN 『キセキ』
日々の中で 小さな幸せ 見つけ重ね 
ゆっくり歩いた『軌跡』
僕らの出逢いは大きな世界で 小さな出来事 
巡り合えた それって『奇跡』







お久しぶりです。
ここは一つ、一念発起して、若者に日和ってみようと、この曲を取り上げました。
曲のタイトルが『キセキ』とカタカナ表記なのは、「軌跡」と「奇跡」を共に表すため。
この漢字、よく間違えたりしませんか?
…そうですか。そうですよね。

実は私の愚妹からの依頼で、彼女の友人の結婚式のイメージビデオなどを
つくるはめになり、嫌々ながらもタバコ3箱という報酬によって承った次第なのですが、
その式において、この曲を友人代表で歌うと聞きました。
なんなら、イメージビデオにもこの曲を採用してくれ、と言われたのですが、
そこは自分の趣味を譲らず『ウエディング・ソング』にしてやりましたけど。

そういった経緯で、妹…は、もはや該当しなさそうですが、
“若者”を中心に絶大な人気があるこのグループの歌詞を、
このたびはじめて眺めてたわけです。

そしてそのまっすぐな、ど真ん中直球ストレートな歌詞に、
逆に違和感と距離感を、ひねくれて、年老いた私は、ひそかに感じてしまうのでした。。。

こうした直接的な表現に気恥ずかしさのような感覚をもってしまうのは、
そこから逃げているからなのかもしれない…などと反省もしました。
もっと若ければ素直に聞けたのかもしれない…などと重ねた年月を憂いました。
でも、その原因は、音楽を聴かず歌詞だけで読んでしまったからかもしれません。

テキストとしての歌詞は、正直…批評の対象となるような類の文章ではない…
…なんてもし仮に言ったとしたら、怒られてしまいそうなので、言いませんけど、
なんていうのか、いい意味で「高校生の青春日記」のような印象がどこかにあります。
純粋で、まっすぐで、多感な。そして多分に思い込みが強いような、そんな素朴な高校生。
表現にあえてしないで、心のままに熱く語るようなスタンスと、とらえればよいでしょうか。
それだけに、テキストだけで読むのではなく、やはりメロディとセットでお楽しみください。
制度言語という話を昔どっかでしましたが、「歌詞」としてメロディと共に立つことでしか、
このメッセージのよさは伝えきれないと思います。
でも、

明日、今日よりも好きになれる♪

とか

アリガトウや Ah 愛してるじゃまだ♪

とか、歌うとしたら気持ちよさそうなフレーズだなぁと。
今度挑戦してみます。




日々の中で 小さな幸せ 見つけ重ね 
ゆっくり歩いた『軌跡』
僕らの出逢いは大きな世界で 小さな出来事 
巡り合えた それって『奇跡』


ここでの韻、それ自体には、そこまで感心するほどのことはないと思うのですが、
「大きな世界で小さな出来事」だから、その出逢いが「奇跡」だという視点には、関心があります。
その逆説的な響きを持つ表現に。意味的にはまったくもって順接なんですけどね。

そうだなぁ…そうですよねぇ…
と、今まで自分の人生に数多く訪れた出会いを振り返り、
その軌跡や、その奇跡っぷりに思いを馳せてしまいました。
大事にしよう、とも思いました。
大事にしてないな、と反省したからです。

はい。







Comment
≪この記事へのコメント≫
変化球
お疲れ様です。更新ありがとうございます。

kiku様の文章はもちろんですが、
皆様のコメントもこっそりではありますが、
じっくり読ませて頂いております。
思わず肯いたり、感心したり、表現の仕方、
等々、楽しませていただいております。。

さて、話がそれましたが、「キセキ」

>そしてそのまっすぐな、ど真ん中直球ストレートな歌詞に、
>逆に違和感と距離感を、ひねくれて、年老いた私は、
>ひそかに感じてしまうのでした。。。

はい。がんもも違和感と距離感を感じる年頃です。
しかし、そのストレートな歌詞に心トキメキ、ワクワク、
ドキドキした日々があった気がします。
年を重ねるってこういう事なのかな。

いい大人になってしまった者には
変化球くらいが、心地よいです。
しかし、変化球ばっかり見慣れてくると、
どストレートにやられてしまうんですよね。。。

がんもは米倉利紀の「奇蹟」がオススメです。



2009/02/19(木) 18:31:37 | URL | がんも #Lk84Cx12[ 編集]
軌跡
そうですね…いつのころからか変に大人になってしまっているような感覚がなきにしもあらずです。

いつのころか…なんて、自分の今に至る軌跡を振り返ってしまいますね。

なんとも。

でもストレートなやつを歌うのは意外と嫌いじゃない自分もいたりします。
「バンザイ」とか、意外と歌っている自分を思い出しました。

まだ…いけるはず。


米倉さん、探してみます。
2009/02/20(金) 14:59:48 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
「幼さ」と「純粋さ」について
こんばんは。
ご無沙汰しています。

ぼくは、「幼さ」と「純粋さ」は別だと思っていて、幼いと純粋であることも多いけど、大人になっても純粋であることは可能だと思ってます。
むしろ、大人になっても純粋であることのほうが難しい分、価値があると思う。

そして、「キセキ」は幼いんだと思います。
それ自体は別に悪いことじゃなくて、そのときどきにできる精一杯の表現をすればいい。
だけど、やっぱりぼくは、まだ何も知らないひとの思い込みよりも、いろんな困難や矛盾を引き受けて、それでもなお、つよい気持ちをもち続けるひとに心動かされます。
なんて言ったら、「キセキ」が好きなひとに怒られてしまうでしょうか。

「幼さ」に居直ることなく、「純粋さ」をもち続けながら大人になってほしいし、ぼくもそうありたい。

「すばらしい日々だ 力あふれ すべてを捨てて僕は生きてる」

すべてを捨ててでも手にしたい何か。
願い事のすべてが叶うわけじゃない。
そんなことわかってるけど、だけどこれだけは。
そういうつよい気持ちに、ぼくは「純粋さ」を感じます。

ありがとうございました。
2009/02/21(土) 00:49:56 | URL | ts_osw #-[ 編集]
さんきゅー。超感動する余興になりました。キセキにしてよかったよ。あとたばこ1箱覚えてますからね。
2009/02/21(土) 02:03:08 | URL | 妹 #-[ 編集]
幼さというか若さ。というか…
⇒ts_oswさん
おっしゃっていること、よくわかります。
私よりも言いたいことを正確にコンパクトにまとめていただいたような気すらします。
「幼さ」と言ってしまうと、それが芯に近いだけに、少し強い印象を受ける人もいるかもですが、「若さ」と少し和らげつつも、つまりはそういうことです。

たとえば…二十歳のときに「ノルウェイの森現象」というのがあって、僕の同級生の間で、本を普段読まない人間も含め、村上春樹の「ノルウェイの森」に集団感染してしまう事件(?)がありました。その流れの中で、自分たちの親も興味を持って読んでみたら、往々にして、そこまで深く入り込めなかったという現象があったのです。
そのときに、ああ…その本を読める年齢というのもあるんだなぁと思い至りました。
20歳のときにしか、読めない本があるんだと。共感して、熱中して、のめりこんで。
だから、若いうちにしか読めないものをたくさん読もうと思ったりもしました。
極端な話をしてしまえば、童話だって幼い頃でしか、熱中して読むことはできないわけで。。。何の話でしたっけ?
ひとまず、ふとそんなことを、思い出してしまいました。

⇒妹
もう一箱、持ってきてください。
2009/02/23(月) 13:49:56 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
世代を超える表現
こんばんは。
確かに、「まだ何も知らないひとの思い込み」だなんて、自分でも言い過ぎだなって反省しました。

ちょっと話が逸れてしまうかもしれないんですが、少し前に「まどみちお」というひとの「ぞうさん」という詩を、ふとしたきっかけでみる機会があって、そのすごさに驚いてしまいました。

ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね。
そうよ、かあさんも長いのよ。

これだけです。
だけどこれだけで、
「きっと、呼びかけられているぞうさんはまだちいさくて、
 その言葉づかいから多分女の子で、
 さらにはきっと、母親のことが大好きで、
 その母親とお揃いの、自分の長い鼻も気に入っている。」
っていうことが伝わってきます。
それは、大げさに言えば、ぞうに生まれてきたことをうれしく思っているっていうことです。
ぼくは幼い頃、そんなこと意識してなかったと思うけど、でもそのニュアンスは感じてたように思います。

言葉には、字義以上のことを伝えるちからがあって、そこに感覚や感情が宿るのでしょうか。
「詩の美しさへの感動」と「言葉の可能性への感動」を、少し混同している気もしますが、「そうよ、かあさんも長いのよ。」は、ぼくにはいまでも美しく感じられます。

ある世代にしかわからない表現もある一方で、そういうのを超えた表現もある。
「ぞうさん」がそうかは置いといたとしても、ぼくはやっぱり後者を評価したいし、前回の、「つよい気持ち」や「純粋さ」は世代を超えると思いたいです。

いつも長くなってしまってごめんなさい。
ちなみに、「ノルウェイの森」はぼくも18のころ読みました。
冒頭の、「大丈夫。ちょっと悲しくなっただけだから。」って言葉に不思議なくらい惹かれたのを憶えています。
ありがとうございました。
2009/02/25(水) 01:51:43 | URL | ts_osw #-[ 編集]
目指すべきは…
…まさに、そういう表現なのかもしれませんね。
世代も、ついでに時代も国境も超えるような、そんな表現。

反省ついでに…私も本文にあった表現を、少し強すぎたかと思い直し、
こっそり加筆をしておきました。
どうか探さないでください。
(失踪する母の置手紙みたいですが…)

「ぞうさん」のお話、興味深く読ませていただきました。
でも、きっと本当にそういうことが、本当にすごいということで、
誰にでも(子供にも)使える平易なコトバで、
当たり前のように素直に表現しただけなのに、
奥行きのある世界観を聴く者に伝えることができる。
そういうのって…やっぱりスゴイですよね。
誰もが書けそうでいて、でも実は決して誰も書くことができない表現。
実はそういうものこそ、芸術と呼ぶに値するんじゃないかと、私はずっと思っています。
シンプルを極めた「imagine」とか。
そういうものに触れると…そんな大げさなことを、よく考えてしまったりしますね。





2009/02/26(木) 18:54:44 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
初めまして絶対!「太陽に沿って歩いて」がいいと思います
はじめまして。通りすがりの者ですがルーキーズからこの曲を聴いた私には「2人よりそって歩いて」をずっと「太陽に沿って歩いて」と歌ってました。
絶対そっちの方が不良ドラマのストーリーにあってました。ドラマが良かったんです。
誰にも話す相手がいないのでここで書いてみました。私ももう三十路越えですが好きだったドラマは「アタックNO1」と「LIFE」です。「LIFE」はいじめドラマで中島美嘉の主題歌が良かったです。
2009/12/22(火) 17:13:24 | URL | hara #-[ 編集]
同感です
はじめまして。
返事が遅れましたこと、まずはお詫び致します。。

「2人よりそって歩いて」→「太陽に沿って歩いて」

これは…そうじゃなかったんですね?
というくらい、もしかしたら私の頭の中でも
そういう風に聴こえていたかもしれません。

もしかしたらGreeeenも、たまにそう歌ってるかもしれませんね。ごく、たまにですけど。

そういう勘違いは、私にも思い当たる節があります。

私も1年ですが三十路越えなのですが、
小さい頃、母親が歌っていた
『もしかしてPart?』にあった、
「好きだからこそ なおさら」
というところを、
「好きだからこそな お皿」
とずっと聞き取っていたことがあります。

どんなお皿?

と子供心にドキドキしながら想像していたことを
思い出しました。
大人の世界のことだろうから、親には聞けないと
思っていたことも。

…何の話でしたっけ?

いずれにせよ、遅れましたこと、あらためて
すみませんでした。。。

2009/12/31(木) 01:35:32 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
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