コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
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山下達郎 『蒼氓』
ちっぽけな街に生まれ
人混みの中を生きる
数知れぬ人々の
魂に届く様に







以前…いや、実はだいぶ前に、この曲のリクエストをいただいていたのですが、
どういう曲なのか、そもそもタイトルの意味はなんなのか、
わからないままに…そしてそのままにしてきました。(すみません…)

が、youtubeで発見して、最初のフレーズを聴くやいなや、
淡い記憶がよみがえりました。
昔のジャックスカードの、あのいい曲だ、と。
懐かしさを感じながら、曲を聴きつつ歌詞をはじめて読んでみて、
共感した部分が少なからずあったので、ここにとりあげさせていただきます。
ただその共感は、逆説的なものになってしまったのかもしれませんが…


そもそもタイトルの『蒼氓』とは、「民、人民」を意味する言葉。
第一回芥川賞を受賞した石川達三の小説も同じタイトルです。
そこからタイトルを引用したと考えるのも、あながち間違いではないような気もします。
いずれにせよ、この歌のテーマは、普通の人の生きる意味について。
辛いことも多い厳しい人生を生き続ける事の意味を探す旅について歌ったものです。

実はこの歌のメッセージは後半のサビの歌詞にすべて集約されています。

憧れや名誉はいらない
華やかな夢も欲しくない
生き続ける事の意味
それだけを待ち望んでいたい


…これ以上でも、以下でもなく、まさにこの歌詞こそが、この歌のメインテーマ。
だから解説もこれ以上することもできないくらい、そうですね…と頷かされてしまいます。

ただ私がこの曲に共感したのは、冒頭に書いた部分です。

ちっぽけな街に生まれ
人混みの中を生きる
数知れぬ人々の
魂に届く様に


…私事で恐縮ですが、自分自身あまりにも田舎育ちなところもあり、だからこそこの部分には強い共感を覚えてしまいました。

田舎の離島から、東京にはじめて出てきて、一番痛感したのは、
すれ違う人間を誰も知らない
ということでした。

都会の風景は、あまりにも人が多すぎて
淋しさが身に染みます。
私は誰も知らない。誰も私を知らない。
関係性を断たれた無秩序な人の群れ。
ついさっきすれ違った人の顔も思い出せないのが、
淋しいのです。


と、そのとき、こんなことを(恥ずかしげもなく)書いたことを、ふと思い出したりもしました。

人混みはいまだに慣れることがなく、ずっと苦手です。
でもその理由は、人酔いするからといった生理的なものではなく、
もっと存在的なもののような気がします。
つまり、自分も所詮その他大勢の中の一人に過ぎないことを実感させられるから。
自分がいなくても世の中は変わらず動き続けることを痛感させられるから。
もっと言えば、自分がそもそもこの世に生まれなくても同じだったんじゃないかと…
そんな気分にさせられるからです。

そこから発展して、交換可能な自分の生についても、思い至ります。
つまり自分でなければならない理由が少なすぎることに気づくのです。
誰でもできることが多すぎることに。
誰がやっても同じことなら、自分がやる必要はない―
でも自分でなければできないこと、そんな交換不可能な価値なんて、この世にあるんだろうか?
…そんなことを思ったりしてしまうわけです。
そんなことがないことに気づいてしまうわけです。

それでも人は、名もなきまま、人と人とのつながりの中で生きていく。
華やかだったり特別なことが大切なのではなく、生き続ける事それ自体が、そこで触れるささやかな出来事のひとつひとつが、生き続けることの意味になっていくのだから。
…きっとこの歌で伝えたいメッセージはこういうことなんでしょう。
蒼氓という曲が、そのタイトルの相手に伝えることは。

だけど、この歌を聴くと、逆説的に、天邪鬼でひねくれものの私は、やはり蒼氓としてあることからの離脱を願ってしまいます。「憧れや名誉や華やかな夢」そのものが欲しいわけではないですが、そうした存在がある意味でのモチベーションになることを否定するには若すぎるのかもしれません。
そんな達観した穏やかな境地には、まったく至らない未熟者ですが、その自覚が自分を少しずつでも前進させていくような感覚が確かにあるのです。

この歌を聴いて、根底に流れるやさしさと厳しさに身を委ね、その心地よさに包まれながら、だからこそ、そこに留まっていてはいけないと、私は思ってしまいます。
少なくとも、今の自分には、まだその場所の永住権はいらない、と。
そんな思いがあるからこそ、今の職業を選んだのかもしれないですし、
今の職業だけをまっとうする気がないのかもしれません。

でも…と自分の中にも落ち着きたい気持ちもどこかに存在していて、
そんな二律背反的な、アンビバレンツな感情を抱えていることも自覚しています。
人は誰でも多かれ少なかれ、変化と安定と、二つの葛藤の中で生きていくのだと思います。
それが年を重ねるごとに、安定の比重が高まっていくのが自然の流れなような気がしますし。

果たして自分は…と未来を思い描くとき、
それでも…といつまで思い続けることができるのか、
それが楽しみでもあり、不安でもあり、
でもだからこそ、私はそこに、生き続ける事の意味を見出せるような、
そんな気がしています。
数知れぬ人々の魂に届く様な何かが、
生み出せるのかどうか。







Comment
≪この記事へのコメント≫
私は、コピーライターという職業をアーティストだと思っています。
アーティストには、当然“変化”にいてもらわなければ(^^)

人混みの中で、そんなにもたくさんのことをお考えになるなんて、アーティストのなせるワザです!
私も人混みは苦手ですが、生理的なものですから^^;

でも、少し思います。達観して、ただ生きていることの素晴らしさを唄えるのは、結局“変化”を生きた人間だけなんじゃないかと。
アーティストは誰よりも変化を求めるべきだけど、ただ生きていることの素晴らしさを、人に代わって伝える職業なんじゃないかと。

いや、申し訳ありません。今日私は、素敵なアーティストに出会って興奮しているようです。

2009/01/21(水) 23:46:31 | URL | miyuki #iMK0FLrs[ 編集]
今まで、ときどきあなたのブログをこっそり拝見させていただいて、繊細な感受性に共感したり、励まされたりしていました。
今日はなんだかコメントしたくなったので、ぼくなりに言葉を選んでみます。

自分が置かれている環境や人間関係は、それをどんなに気に入っていたとしても、やはり、時の流れと共にかたちを変えていってしまいます。
突然の変化もあれば、気づかないくらいゆっくりと訪れる変化もあります。
それは、仕方のないことです。
だったらせめて、よりよいと思える方へ変えていきたい。
だからぼくは、常に向上心を持ちながら、穏やかに毎日を過ごしていきたいです。

それとあと、ぼくも人ごみは苦手です。
自分の存在意義の危うさは、「憧れ」や「名誉」や「華やかな夢」ではごまかしきれなくなることがあります。
でも、だとしたら、どんなに成功したひとだって自分の存在意義に悩むことがあるかもしれません。
そしてきっと、それは自分独りでは解決できないことです。
なぜなら、自分自身の存在意義を認めようともがく、その当人の存在意義が問われているからです。
存在意義があるかどうかわからない者の認めた存在意義など、当てにできないからです。

でも、あきらめたくない。
ぼくは、「誰にでもできる仕事かもしれないけど、だけどそれでも、他の誰でもないぼくがやったんだ」と思うことが大切なんだと思います。
「ぼくが、誰かの役に立った」という実感が。

どんなひとの存在意義も根本的には危ういもので、だからこそ、それを互いに支え合う仕組みがあって、それを「社会」と呼びたい。

なんだか重たい文章になってしまいました。
ミスチルの「彩り」みたいに、もっとさわやかに表現できれば、ぼくもコピーライターになれるかもしれません。
「ただいま」、「お帰り」のリフレインだけでも伝わってくるものがある。
言葉で「語る」のではなく、言葉で「示す」ことにポエジーはあるのでしょうか。

これからも、いろんな考えを聴かせて下さい。
楽しみにしています。
2009/01/22(木) 01:52:01 | URL | ts_osw #-[ 編集]
コメント
コメントありがとうございます。
「なるほど…」と「たしかに…」をリフレインしてしまいました。
だらだらと冗長なブログをちゃんと読んでくださっていることに、まずは感謝にも似た感情を抱いてしまいます。


⇒miyukiさん
コピーライターがアーティストたり得るかどうかについては、実感としては…どうかなぁと思ってしまうところは正直あります。
ギリギリ、クリエイターとは言えなくもない…かもしれない。
まあ、昔の有名な画家でも、パトロンから依頼を受けて絵を描いていたりもしますけど、
・最終決定権が制作者にない
・作品が自発的な動機から生まれていない
・構造的に、作者は交換可能である
等等の理由から、アーティストとは言いがたい…なんて思っています。
でも、そういう意識を心の底にはもっていたい…なんても思っています。

>アーティストは誰よりも変化を求めるべき
>だけど、ただ生きていることの素晴らしさ
>を、人に代わって伝える職業なんじゃない
>かと。

このご指摘については、まさにそのとおりではないかと思いました。
というより、この曲の歌詞をよくよく眺めてみると、山下氏のそういった思いが、ある一節から、あるいは行間から、にじみ出てきているような、そんな気もしました。


⇒ts_oswさん
しっかりとした文章を拝見しながら、逆に感受性の豊かさや、向上心の確かさを、そこから読み取れたような気がしています。
自分が、今ここにこうして、どういった経緯でたどりついたのか、過去を振り返りながら記憶をたどっていくと、その偶然性の多さに少し驚いてしまいます。
そして、そこから未来に思いを馳せるとき、どんな偶然が待っているのか、
まさに過去の経験則から、まったく予想ができなくて、そんなところが面白いなぁ…と、
不安と期待を混ぜ合わせたようなマーブル模様の感情が、胸をうずまいていたりします。
でもただ一つ確かなのは、未来において決定した確かなものは何一つないということで、
それこそが生きる原動力にもなっているという感覚です。かね。
それと、大切なのは、思い込みも含めた、自分を肯定できる実感力なんだと思います。
納得力、とも言えるかもしれません。
極端なことを言えば、幸せの定義なんて相対的なもので、絶対的な一つを決めることなんてできやしない。だから、カタログからお気に入りの品を選ぶように探し出すものではなく、自分がそうだと見出して、納得することでしか、実感できないんじゃないかと、そんな風にも思ったりもします。
…と、私もまた、長くなってしまいました。
すみません。。
今ふと感じたのは、仕事で書く言葉よりも、ブログの文章の方が、リアクションがリアルタイムで自分に伝わる分、届いた実感を得やすい、ということです。

やる気、出てきました。

2009/01/22(木) 14:03:57 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
人ごみ
私はそこそこ大きな街で育ちました。
夕方帰宅するために駅のホームに立ちます。
こちらのホームにも向かいのホームにも溢れるほどの人が電車を待っています。
ホームに電車が滑り込んできてその人たちを乗せて行きますが数分後にはまた同じ光景。
でも変わらないように見えて、そこにいるのはさっきとは違う人たち。

私にとっては何百何千と街にいるだけの人だけど、でも間違いなくその一人ひとりに他の人とは違う想いがあり、生活があり、歴史がある。こんなにたくさんの人たちがみんなそれぞれ違う場所に帰っていくんだ、すごいなぁ、なんて思って人ごみを眺めていました。
そしてそのたくさんの人の中に埋もれている、だけど確かに私は存在しているみたいなことを感じる事が出来る人ごみを、私は結構好きでした。
(あまりうまく言葉に出来ませんね、スミマセン)

今は斉藤(和義)くんの故郷の隣町に住んでいて人ごみとも電車とも関わらない生活をしています。
たまに電車に乗って都会の方へ出かけ線路すれすれの建物を見たりすると妙に懐かしくなってほっとする自分を発見します。
2009/01/24(土) 23:48:53 | URL | みゅうみゅう #-[ 編集]
ヒトゴミ
なるほど…

心象風景として原体験的なものが影響しているのかも、わかりませんね。

私ももし都会生まれだったら、そうした思いをヒトゴミの中に馳せたのかもしれないなぁ…と
右を向けば山、左を向けば海、そして上を見上げれば空しかなかった、故郷を思い出しました。

ただ、それは性格的なものもあるのかもしれませんね。

人と同じ行動を強いられるのが大嫌いな少年だった私は、たとえば全校集会で、校長先生が「みなさんの右にある木を見てください」と言ったときに、一番右の列にいた私は、その指示とは真逆の方向に顔を向けて、一斉に右を向く素直な全校生徒の顔を眺めていた…そんなかわいげのない子供でしたので。

…ただ最近では、今とは違った感覚も自分の中に少しずつ芽生えてきているような、そんな気もしています。


(あまりうまく言葉に出来ませんね、スミマセン) という部分…伝わります。
その素敵な感覚は、確かに伝わってきました。
少し優しい気分になれた感じも、なぜかするくらいです。


2009/01/26(月) 14:36:50 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
maybe blue
コメントすべきか「うーん…」と考えた挙句認めることにしました。
おそらくはこの記事を書かれた時のKIKUさんの心情と今は
異なるような気もするのですが…ご了承ください。

物理学の用語で「イナ-シャ」という言葉があります。
もともと慣性の法則を指しますが転じて
「組織や人間も、一度身についた思想・価値観・行動様式からは
なかなか抜け出せないという性質を持つ」
今、辞書で引いた情報で申し訳ないのですが、
なんとなく貴方がこちらで書かれていた言葉に近いのは
この用語のような気がしました。

ただ、その感情は、「全体」の中で「個」を意識した時に
生じる感情で、多かれ、少なかれ皆なんとなくは同様に感じるところであり
自然なことなのだと思います。
またそのように考えることは極めて正常ですよ、きっと。

私の中でこの蒼氓という言葉の意味合いとして最も近しいと思うのは
たとえば「天体」という存在で
太陽も月も我々地球から見れば、非常に身近な存在に感じるけれども、
太陽系も銀河系の中では非常にちっぽけな存在であります。
夜空に瞬く星の名前を私たちはほとんど知りません。
けれど確かに私たちの眼に映る以上、“存在”するのです。
光の強さも、地球からの距離も、大きさも、形状も全く異なるけれど。
そう考えると、たとえ自分と似ている存在が仮にあっても
存在する必然性がないはずはなく。。。蒼氓からの脱却というよりは
蒼氓の中でどのような個性をもった星なのかということなのかと。

日々の営みの中で、ほんの僅かばかりでもルーティン化した毎日を
変えようと努力したり、またそうした瞬間を目撃したとき、
雲間から一筋の光明が差し込むような
非常に柔らかくて温かい気持ちが芽生えるのだと…
私はこの曲をそのように解釈しております。

KIKUさんは天邪鬼でもひねくれ者でもないですよ。
私が学生の時の先生の言葉で受け売りでしかないのですが

「自主的」に行動しなさいって言われて行動してしまうのは
全然「自主的」でもなんでもないんだよなあ…
その場合、行動しないことの方がよっぽど自主的だよ。
よく子供に「自主的に勉強しなさい…」とかいうけどさ
と一切出欠を取らない講義がありました。

うん。だからきっと。
 
少し、いやかなり長くなってしまいましたね。
 ご活躍期待しております。それでは。

2009/02/12(木) 22:05:26 | URL | 行人 #4J54rD2k[ 編集]
勉強になりますっ
コメント…というより、ある種の講義を拝聴したような、
そんな感じすらありますが、ありがとうございます。
知らないことも多々あり、とても勉強になりました。
なるほど…と首肯いてばかりでした。

確かに、単純に自分を省みても、現状を維持しようとする力と、現状から抜け出そうとする力の、アンビバレンツな性質を同時に持っているのは確かだと思います。
まあそれがにんげんだもの、なんでしょうけど。
ただそれが、その日の気分や、アルコールの量によって、簡単にうつろうことが多いのですけど。。

斉藤和義の「君の顔が好きだ」にある、

安定計算それもたしかに
大切なことかもしれない
ダウンな夜はそんなことふと思う

みたいな感じで。


いずれにせよ思うこと…というか思い込んでいることがありまして、
それは、結果的に「思い込み」が多くの価値観や意味を形成する要素になっているんじゃないかというところです。
思い込みというか、主観というか、ニーチェ的な意味での解釈というか。
…少なくとも私自身に関しては。。

「思い込み」というと、大げさだったり、なんとなくマイナスの響きがあったりもしますが、実は自身の多くの価値観と呼ばれるようなものも、結局はこれに付随する類のものなのかもしれない、なんて思ったりもします。
それも思い込みかもですが。。

オリジナルや自主性、そういったものも実は恣意的なもので、相対的で、多分に主観的なもの。
だから、そのオリジナリティや自主性についての評価というか判断も、結局はその本人の思い込みによってこそはかりうるもので、逆に満足度や納得感といった尺度によってなされるような、そんな気もします。 少なくともその人がそう思い込めれば、それはそれでそういうものになれるんじゃないかと。

なんていうのか、はたから見たら取るに足らない些細なこだわりや意地のようなものにこそ、こだわったり意地を張ったりする生き方にどこかで憧れていたりもします。
そういう風に、こだわれるものを見出せることに。

結果的に、全体における一部の差異にすぎなくても、そこから逸脱したような感覚を、自分の中で(勝手に)見出したい、と 結果的に同じでも、それがどこか子供じみていても、なんとなくそんな実感を酩酊しながらでも感じて死ねたら、それはそれで本望なのかもしれません。


…なんて、何の話をしているんでしたっけ?すみません。
というくらいに書いてしまいましたが、
いい刺激を受けて、そんな考えに思い至りました。

今後とも鋭いご意見をお寄せください。
知識や刺激を受けながら、成長していければと思っております。

ありがとうございまっす。




2009/02/19(木) 14:30:58 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
失礼しました
本来、まとまるはずもなく、こなれないことを
記述してしまいました。
少し恥ずかしいものです。


さて
先人の言葉で
『幸福とはたとえてみれば船の舳が波をしのいで前進してゆく、
そのときの困難ではあるが快さに似たもの』
という、くだりを読んだことがあります。

手漕ぎボートくらいしかやったことが
ない私には、なんとも実感は湧きませんが
なんとなく感覚として分かるような気がするのです。

私が先のコメントで残したかったのは
あくまで個人の感覚としてではありますが
この”幸福”=自主性とも
言い換え可能であるからと感じるからかも
しれません。いやむしろ断然そうあるべきだと

なんとも至らぬコメントの趣意を汲み取ってくださり
ありがとうございました。

ところで
Kikuさんは学生のころ、どんなことを
専攻されていたのですか?
私のいま「気になる」ことであります。
2009/02/19(木) 20:47:58 | URL | 行人 #23d/zxvE[ 編集]
こちらこそ
コメントありがとうございます。
またよくご覧になっていただけているようで。…逆に、更新できずいつもすみません。
昨日・今日と少しがんばってみましたので、
ご確認ください。

大学の専攻は…文学部の「表現文化」という新設されたばかりのコースにいまして、
生徒だけじゃなく教授も手探り状態で、いろいろやっているという、そんな感じでした。
ミュージカルや歌舞伎、メルヘン童話の批評から、ホラー映画、黒人音楽、広告の記号論まで、教授の趣味や思いつきとしか思えないような多種多様な授業が多かったですね。
…最後のものだけ、実生活と就職に少し役立ったようです。

卒論のテーマは「メタファーとしてのカフェ」なんていうふざけたもので、好きな喫茶店文化について、村上春樹の詩を勝手に引用したりしながら、エッセーみたいなものを書いて
オモシロイと卒業させてもらいました。

…とまあ、そんな感じです。
不真面目を絵に描いたような、そんな典型的な学生でした。

専攻…という言葉が指し示すほど、深く勉学に励んだ記憶はまるでないですが、そういう雑食性の基礎みたいなものが身について、間接的にせよ、今の仕事に役立っているのかもしれない、なんて今となっては思っています。

2009/02/20(金) 15:12:31 | URL | kiku #Di5TU3Tw[ 編集]
朝、山下達郎さんのアルバム「JOY」の13分39秒にも及ぶ「蒼氓」を聞いて、ひとりジーンとしておりました。
そして、その言葉の意味や漢字に興味を抱いてネット上を彷徨う途中、ここにたどりつきました。
まるで、自分の代わりに、曲への感想や思いを丁寧にわかりやすく綴っていただいているような気持ちになりました。

そしたら、コメントの中にミスチルさんの「彩り」というキーワードを見つけて「縁」を感じてコメントさせていただいた次第です。

最近、
この体や声は自分と、自分以外の誰かのためにあるんだ、と改めて思います。

私は普段、歌をよく歌うのですが、
歌を歌っているとき、
ただ気づいてほしくて、
ただ一緒になりたくてたまらなくなります。

ライブハウスの入り口に置かれたたくさんの歌い手さんのフライヤーを今でも見るのは苦手ですが、
その中に埋もれていくような悲しい寂しい感覚は薄らいできました。
わたしに見えているものは、
目の前ににいるお客さんなんだと、思うようになりました。

かけがえのない存在に、結果なれたらいいなと思います。

とりとめもないで長文すみませんでした。

また、ここに遊びに伺いますー!

2010/08/12(木) 11:53:48 | URL | maaayo #-[ 編集]
初めまして
今日、初めてここに伺いました。

素敵な文章に触れ、感動したので思わず書き込みさせていただきます。

語る言葉が何かあるわけではないのですが、ただ単に「感動した」という事実に突き動かされて、キーボードを叩いています。

歌詞の世界が好きなのですけど、なかなかピンとくるブログに巡り合えていなくて…。今日、初めて巡り合えました。ありがとうございました。

またお邪魔させていただきます。
2010/10/03(日) 03:43:08 | URL | サヤママサハル #-[ 編集]
Re: 初めまして
読んでいただきありがとうございます。
いろいろと…恐縮です。

ここまで間隔が空いて更新されるブログですが、
いつも閲覧者の数が変に一定なのは、
過去の楽曲に曲名と歌詞で検索される方が一定数いるからなんですね。
最近、気づきました。

間違いなく映画の影響で「ハナミズキ」が探されてたり、
拍手をたくさんいただいてたり。

もちろん更新も…していきます。

コメントありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。

2010/10/03(日) 23:07:22 | URL | kiku #-[ 編集]
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