コピーライターが気になる歌詞

我輩はコピーライターである。 出世作はまだない。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
KAN 『何の変哲もないLove Song』 (BANK BAND)
涙でるような悲しみも 多くの後悔も
君とならば ただの歌になる
たとえばそう 今あるがままの思いを綴ってうたおう








晴れ渡る空に白い雲 君とぼくがいて
なんでもないんだけどただ笑ってる
たとえばそう 何の変哲もない愛の歌をうたおう

遠くの山のその向こうに ゆっくり少しずつ
まっすぐのびる飛行機雲のように
たとえばそう ひたすら一本の愛を君にうたおう

普通の旋律で ひねらない言葉で
たぶん君が その奥のほうを読みとってくれるだろうから

涙でるような悲しみも 多くの後悔も
君とならば ただの歌になる
たとえばそう 今あるがままの思いを綴ってうたおう

途中までだっていい 無理しなくたっていい
このつづきは 君がきっといつか作らせてくれるだろうから

晴れ渡る空に白い雲 君とぼくがいて
なんでもないんだけどただ笑ってる
たとえばそう 何の変哲もない Love Song 君にうたおう
終わることのない愛の歌をうたおう 





「ap band fes'06」のBank Bandの1曲目がこの歌でした。

本当に晴れ渡る空に白い雲の下、
心地良い風がそよぐ中、
開放的な屋外会場に響いたこのメロディーは、
もしかしたら音楽史の1ページとして記憶されるものかもしれない。
そんな予感さえ感じさせる名演だと思います。

ところで、
なぜBank BandがKANの曲をカバーしているのか?
そして
なぜこのブログでKANの曲をとりあげるのか?

…それには少なからず理由があるのです。

というのも、先日の土曜日。
熱狂的なKANファンに拉致されるようにして、
KANの弾き語りライブに連行されました。

…KANってあの「愛は勝つ」の?
…KANってまだ音楽してたんだ?

日本人なら10人に8人は同じリアクションをするであろう回答をしながら、
2、3回は誘いを回避していたものの、
ある種、宗教じみた熱心な勧誘と、桜井和寿がKANを非常にリスペクトしていて、
Bank Bandで楽曲をカバーしたり、
「スチュワーデスとパイロット」というユニットを組んだりしている話を聞くに至り、
モノのためしに行ってみようと、そういう運びになったわけです。

その結果…よかったですね。
弾き語りライブ。
楽曲も、ピアノも、トークもすばらしい。
こんなに知らない曲ばかりのコンサートもはじめてでしたが、
それなのにこんなに楽しめるとは思いもしなかった。

そんな中でも、いくつか具体的に心に残っている曲があり、
この曲はその中でも一番印象的なものでした。




晴れ渡る空に白い雲 君とぼくがいて
なんでもないんだけどただ笑ってる



「晴れ渡る空と白い雲」を、「君とぼく」の対比の中で描ききり、
広大な土地で空を仰ぐ、“抜けのいい”遠景写真が思い浮かぶ。
そう、この“抜けがいい”という言葉が、ぴったりあてはまる歌詞にメロディー。
さえぎるものなんてなにもなく、どこまでも広がっていく開放感に満ちている。


普通の旋律で ひねらない言葉で
たぶん君が その奥のほうを読みとってくれるだろうから


これは、まさに僕が理想とするキャッチコピーの考え方
キャッチコピーで大切なのは、特別な表現を用いることでも、
ひねった言葉を使うことでもなく、
誰もが使う言葉によって、誰もが思いつかなかったコピーになっているということ。
そして、そのコピーひとつから世界が広がるように、奥行きがあることが大切。
KANの考えるLove Songと、僕の考えるキャッチコピーの理想の形は、
近しいものであるのかもしれません。


そして、今回の気になるコトバ。

涙でるような悲しみも 多くの後悔も
君とならば ただの歌になる
たとえばそう 今あるがままの思いを綴ってうたおう
 

…たとえば、大切な人との記憶を歌にしようとする場合、
普通は楽しかったり、うれしかったりする思い出をテーマにしようと考えるはず。
でも、涙でるような悲しみや、多くの後悔さえも、君とならば歌にできる。
しかも、「ただの歌になる」
この「ただの」というところが、なんとも気になりますね。

伝えたいメッセージは、どんなに辛いことも、振り返ってみればただの記憶になる。
ということではあるけど、これは過去を振り返る視点というよりは、
とても未来志向の考え方で、たとえば現在において何か困難があっても、
それは二人で乗り越えていけるよと、そういうメッセージであるように思う。
この先もずっと二人でいて、だからただの歌だけど、
未来においても君にうたうことができる、と。


『何の変哲もないLove Song』
タイトルが示すとおり、この歌の根底には、何の変哲もない日常こそ大切にしたい
という思いが優しく満ちているように感じます。

「何の変哲もない」…とそこまで謙遜する必要はないとは思いながらも、
この楽曲をKANが作ったそのときには、
こんな風に、
ap band fesの広大な会場で、
桜井和寿が取り上げて歌い、
しかも大空までもが晴れ渡るなんて
想像すらできなかったはず…

…そんなことを思いながら、音楽のすばらしさをあらためて再認識しました。
 何の変哲もないわけじゃない、特別に素敵な、この曲によって。








Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。